天賞堂 [57049] スハ44形客車 特急『つばめ』(ぶどう色)増結用 (1:80 16.5mm/HOゲージ 動力なし)

天賞堂 [57049] スハ44形客車 特急『つばめ』(ぶどう色)増結用 (1:80 16.5mm/HOゲージ 動力なし)
天賞堂 [57049] スハ44形客車 特急『つばめ』(ぶどう色)増結用 (1:80 16.5mm/HOゲージ 動力なし)
¥9,900

(税込)

スハ44形は、昭和26年より製造された3等車です。テーブル付きの座席は一方向きの固定座席になっていました。
出入口を片側だけにして客室面積を広めています。定員80名

第二次大戦で消滅していた特急列車が東京~大阪間で復活したのは戦後の1949年(昭和24年)のことでした。
復活した特急列車は『へいわ』と命名されましたが、翌1950年(昭和25年)には戦前から人気のあった『つばめ』(戦前は『燕』)に改名され、その5ヵ月後には姉妹列車として『はと』が増発されました。
戦後間もないということもあり、当初の客車は寄せ集めで決して特急列車にふさわしいものではありませんでしたが、進駐軍からの木製客車の鋼体化改造や特急用客車のサービス改善の勧告もあり、リクライニングシートの設置、揺れの少ない台車への改良、室内照明の増設などを積極的に進めることとなります。
『つばめ』『はと』の車輌は順次新製されたものに組み替えられるようになりました。
1950年(昭和25年)からリクライニングシート付の特別2等車スロ60形が連結され、翌年にはスハ44形・スハニ35形・マシ35形・マシ36形(後にマシ35形へ編入)も加わって『特別急行』の名に恥じない編成となります。
サービス面では、『つばめガール』『はとガール』と呼ばれる女性乗務員が2等車の給仕に当たり、1等車にはベテランの給仕長が乗務しました(外国人が乗車の場合は語学堪能な『つばめガール』『はとガール』が1等車にも乗務)。
こうして名実ともに『つばめ』『はと』は日本を代表する最高峰の列車となりました。
所要時間も復活当初は東京~大阪間に9時間掛かり、『燕』時代より遅いダイヤでしたが、1950年(昭和25年)10月のダイヤ改正で8時間に短縮されました。
展望車を連結していることと、3等車の座席が一方向の固定式であることから、終着駅到着後に三角線を利用して編成全体を方向転換させるということが日常的に行われていたのも当時の客車特急ならではのものです。
なお、この当時の『つばめ』は宮原操車場が受け持っていました。

スケール・ゲージ
HO 1/80・16.5mmゲージ
付属品
エアホース x3、ケーディーカプラー用ポケット(カプラー本体は別売) x2、車号インレタ x1枚